カナダ日記  2005/9/29-10/6

 

日 程 

9月29日(木) 成田を17:25 カナダ・エアーで出発(バンクーバー・エドモントンで乗り継ぎ) イエローナイフ着、同日22時頃 イエローナイフ泊 (オーロラ鑑賞)

30日(金) イエローナイフ泊(市内観光とフルーツ・パーティ)

10月1日(土) ナイヤガラ泊(夜、滝を見物)

2日(日) グランベンハースト泊(ナイアガラで「霧の乙女号」乗船)

3日(月) ロレンシャン泊(アルゴンキン州立公園散策)

4日(火) キングストン泊(トレンブラン湖クルーズとゴンドラで紅葉狩り)

5日(木) トロント空港から帰国の途へ

6日(金) 15時30分成田空港着(12時間半搭乗)

 

29日(木)  成田空港を17:25のカナダエアーで発って、イエローナイフのホテルに同日22:20到着した(実飛行時間は、2回乗り継ぎで12時間ほど)

ツアーの一行は32人に添乗員。いつものメンバーの我々のグループはその内12人だ。バンクーバーとエドモントンで飛行機を乗り継ぐ。乗り継ぎの待ち時間がそれぞれ2と4時間ほどと長い。時差 があるので、バンクーバーで針を16時間遅らせ(日本時間で30日午前2時から、現地の29日午前9時)、エドモントン空港では1時間その針を進ませた。つまり15時だったので、16時にした。 つまりこの日は、一日が39時間ということになる、

ホテルについて(29日、22時半)休む間もなく、バスで30q(40分)離れたオーロラの観測地点へと向かう。雪が積もっていて、気温が摂氏マイナス4度と、寒い。

昼間は雪模様だったらしいが、幸い雲も切れて、オーロラを観ることが出来た。でも、写真などで見るように華やかな感じではなく、動きの速い雲が白い感じで明るくなったり、拡散して消えていくように見えた。ガイドさんによると、写真に撮ると 、人の目には見えないな色が写るのだという。 緑色ぽいのが普通だが、極く偶に赤い発色をする時があるが、その時は天変地異が起こるので、赤くなって欲しくないという。

休憩所のあるドームでは、カリブーの肉とジャガイモで作ったスープが、冷えた体にとても美味しかった。カリブーの肉を食べるのは勿論初めてだが、赤味の牛肉のようでとてもうまかった。

左から、成田ーバンクーバー間の搭乗したエアーカナダ機、バンクーバー空港にある大きな像、これも搭乗したエドモントン〜イエローナイフ間のカナディアン・ノース機(尾翼に北極熊の絵が可愛い)、イエローナイフ空港の積荷受け取り場所の北極熊の剥製 (アザラシを追いかけていく熊と、水中に逃げていくのが面白い)

 

2泊したThe Exprorer Hoterl、ホテルの前にあるイヌクシュク( 元々は、先住民が作った道しるべや領域標)、愛想のいいホテルの人、6階の部屋からの眺め、面白い車のナンバープレート

 

 

オーロラ (緑色がオーロラでその下側は夜空、画面下の尖った黒いのは樹木−樅かも−、白く輝いているのは星)、このボンネットバスでオーロラ観測点へ行った

30日(金) 夕方2時間ほどバスで市内観光をした。

ここイエローナイフは北極圏にあり、人口は2万人。属する州(ノーストウエスト準州)は4万人なので、半分がここに住んでいる、エドモントンから1000q余(飛行機で1時間半)、こことの道路は1本だけ(1500qほどあるらしい)。ネイティブ・カナディアンの部族も多数住んでいる。人口密度は28平方キロに一人(東京ドーム600個分)ということだ。

1930年代に金鉱山(現在は閉山、近いうちに再会の見込み)が見つかってから発展したという。従って、出稼ぎの街で、今でも平均月収は8万ドルと、他の地域よりも3万ドルも多いという。人口の30パーセントは15歳以下の子供で、65歳以上の老年人口は2パーセント程だという。定年まではここで稼いで、後は南の暖かいところで老後を過ごすのが一般的なのだ。

堅固な岩盤の上に街があるので、地震は絶対ない。従って家の造りは極く簡単に見える。でも、木材の運搬費がかかるので、ふつうの家でも3千5百万円はかかるという。

夜、予定のオーロラ鑑賞は見送って、グループ恒例のフルーツ・パーティを楽しんだ。

       

このスクールバスで市内見学、町で一番古い家、同じく小学校、湖上に基礎がある、もう凍っている、犬ぞりを引く犬、老人ホーム(ベンチに座る彫刻)、水上飛行場、フルーツ・パーティ

市内見学のあと、ホテル近くにあるイヌイットの造ったアートを売っている”ARCTIC ART Framing”でタピスリーを買った。イエローナイフから東に1000qくらい行ったハドソン湾に面しているArviat(Eskimo Point)の村で、イヌイットの人が作ったもの。模様は、カリブーの皮を使っている。

店、タピスリー(150×50p)とその部分、付いていたラベル

 

1日(土) 飛行機乗り継ぎ(イエローナイフ〜エドモントン〜トロント)で、ナイアガラまで来て泊まった。

朝ホテルを6時半に出発し、ナイアガラには20時頃到着。食事の後、10分ほど歩いてライトアップされている滝を観に行って来た流石、有数の観光地だけあって、街中ははとても賑わっていたが、治安も良く夜中でも不安を感じない。トロントでも時差の修正を2時間して、(空港へ16時に着いたが、18時にする)、日本との時差は13時間ということになった。ほぼ夜・昼が逆転ということになる。

ネオンが眩しい繁華街、ライトアップされたカナダ滝とアメリカ滝

 

2日(日) ナイアガラ・クルーズを楽しんだ後、メープル街道を北上し、トロント市内観光をした。

朝、ホテルの近くで見かけたリス

世界一の水量を誇るナイアガラの滝は、南米のイグアス、アフリカのビクトリアと並ぶ世界三大瀑布の一つ。ネイティブ・カナディアンが呼んでいた「ニアガル(雷轟く水)」がナイアガラの名前の起源である。高さ54b、幅670bのこの巨大な滝の形成は、1万2千年前の氷河期にさかのぼる。ナイアガラ川の中流にあった、氷河が削った断層に滝が出来たのが始まり。現在の位置はその水勢により少しずつ浸食され、形成時よりも約13qも上流に移動している。(地球の歩き方ーカナダーから抜粋)

上 全景(シェラトン・ホテル−下の写真左−最上階のレストランから観たもの)で左がアメリカ滝、右がカナダ滝

下 滝を眺める絶好のロケーションに林立する有名ホテル群

 青いビニール合羽を貸してくれる(何だか、宗教集団のよう?)  飛沫を浴びながらの航行、約 30分間

虹が見えた、  アメリカ滝、  カナダ滝、 飛沫に濡れながら撮った写真

大きな(直径、12m)花時計、 オンタリオ湖で週末を楽しむ人々

 

トロントはカナダ最大の街で、人口は430万人程。経済の中心だという。街の名前は、ネイティブ・カナディアンの「トランテン(人の集まるところ)に由来する」。対岸はアメリカのニューヨク州だ。18世紀前半まで、トロントはフランス領であり、先住民族が多く住み着いていた。1759年の英仏間の七年戦争によってイギリス領へと変わり、第二次世界大戦後アジア、ラテンアメリカ、アフリカなどヨーロッパ以外の国からの移民が増加し、世界屈指の 多民族都市へと変貌した(地球の歩き方ーカナダーから抜粋)。世界の暮らしやすい都市の一番に、5年続けてトップに輝いたという。

世界一の高さ(553m)のCNタワー(1976年、電波塔)、 市庁舎(左の二棟、1965年、上空から観ると目の形をしているー真ん中の丸いのが瞳)、と庶民の足となっているトラム

美味しかった夕食のポークステーキ(じゃが芋もとても美味かった)

3日(月) メープル街道の紅葉と散策(1時間程)を楽しみながら、ロレンシャン高原のホテルに着いた(19時)

ホテルを8時にバスで出発して、一路メープル街道の紅葉を観ながら北上。途中アルゴンキン州立公園(何と、東京都の3.5倍もの広さ)で、1時間ほど散策を楽しんだ。

写真に観るように、紅葉の真っ盛り、そして淡い緑から黄色・赤へのグラデーションが素晴らしい。この日の走行距離は、600qにもなった(運転手)という。流石、みんなぐったりした様子。

レストハウス付近の紅葉

  

コースの説明を聞く、紅葉の中を行く、面白い距離標識(10のポイント地点)、もう落ち葉が一面に敷き詰められている

 

 

ビジターセンターからの眺め、オオカミの剥製、ヘラ鹿の剥製

オタワの国会議事堂東棟、着いたときのホテル

 

4日(火) ロレンシャン高原で、紅葉を楽しんだ。

トランブラン湖遊覧船から紅葉を楽しんだ後、ゴンドラでトランブラン山(875m)へ行った。この山一面に広がる紅葉の美しさに、みんな感嘆の声をあげた。

ゴンドラからの紅葉

 

この船(70人乗りくらい)で遊覧、紅葉を楽しむ

 

 

泊まったホテル、街の様子(珍しい車が二台)、街の中にある無料のゴンドラ、その上にある有料のゴンドラ乗り場付近の様子、ゴンドラと、ゴンドラからの景色(見えるのはトレンブラン湖)、

 

5日(水) トロント空港から帰国の途へ

6日(木) 成田着 15時半 自宅へ20時頃着

 

最後に 感  想   下の国旗をクリックすれば、カナダ政府観光局のHPが開きます。

下の国旗と資料は、(株)ピー・アルファに拠った。

地域   

北アメリカ

首都

オタワ

国土面積

997万1,000km2

人口

3,000万人

主要言語

英 フランス

国花

サトウカエデ

通貨単位

カナダ・ドル

為替相場

1カナダドル=73.79円(2000.1)

時差

-12.5~-17 夏時間有り

宗教

カトリック

国番号

1

country code

ca

独立年

1867年カナダ自治領として独立

国連加盟年月

1945.11

memo

1 カナダは廣い…飛行機・バスでの移動で体感させられた。日本の国土の30倍、そして人口は三分の一。

2 自然が美しく、塵などで汚染されていない。

3 多様な人種が、混然一体となってゆったりと生活している。そして、経済的にも、豊かそう。 治安もとてもよい(市内で、夜半に出歩いても不安を感じない)。但し、国内線でも空港のセキュリティチェックは、とても厳しい。持っていたパソコンはこれに引っかかり、蓋まで開けさせられた。

4 移動時間の多い、厳しい日程だった。自分で選択できなかったとはいえ、ツアー会社の人集め的(32人も参加)な企画に疑問。

5 オーロラは写真で観ているようなのが現実に観られるような気になっていたが、間違いだった。写真を観てイメージが、肥大化していたのだ。でも、目に見えないのが写真に写る、というのも、間違いの元ではある。

6 お土産には、メイプル・シロップ、イヌイットの創ったタペストリー、アイスワイン、アンモライトのペンダント等を買ったが、好評だった。

以上